高山茶筌の歴史 | 五百年余りの伝統を持つ高山茶筌(茶筅)の歴史をご覧ください。

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■ 高山茶筌の歴史

高山茶筌は、約500年の歴史が有り室町時代後期
茶道と共に奈良の生駒高山で生まれました。

●高山茶筌の工程はこちらをご覧ください。



● 茶筌の誕生と鷹山から高山へ

今から五百年余りの昔、足利義政の時代に奈良高山は大和国添下郡鷹山村と称し、清和源氏源頼光の後裔を名乗った鷹山大膳介頼栄が奈良興福寺官府出仕の僧兵として、一万八千石を賜りこの地を支配していました。

その頃、奈良水門町に住んでいた大膳介頼栄の次男民部丞宗砌、又の名を入道宗砌は、山名弾正家に仕え家長となっていましたが、当時流行の連歌、和歌に優れ竹林抄の一人として、また勅筆流書道の達人として広く知られていました。近くに住む称名寺ゆかりの茶人、村田珠光とは文雅を通じて親交が厚く、珠光が初めて茶道を考案した時、茶道に相応しい攪拌する道具の製作を依頼され、苦心を重ねて作り上げたのが茶筌の始まりでした。

その後、珠光が京都に移り、珠光庵に時の帝、後土御門天皇の御幸を仰いだ折、宗砌より献上の自作の茶筌を天覧せられ、その着想と精巧なるを以てお賞めのお言葉なり加えて“高穗”の御銘を賜ったのでした。

宗砌は感激して茶筌の製作に励むと共に、郷里の鷹山に持ち帰り鷹山家の秘伝としました。
その後、御銘高穗茶筌が有名になり、時の領主は地名なり家名の鷹山を廃し高穗に因んで現在の高山に改めたのでした。 珠光によって始まった茶道も千利休によって侘び茶として確立され、茶道隆盛の礎となりました。

● 秘伝を引き継いだ十六名の家臣たち

世は戦国時代、織田信長が全国制覇を志した際、時の領主は松永久秀に味方して敗れ、領地を没収される憂き目に逢い、浪人の身となりましたが、頭領として高山に残り、豊臣秀吉の北野の大茶会には茶筌二百本を、また徳川家光上洛の際も奈良奉行の命に依り茶筌を献上しておりました。

高山頼茂の代になって永年の宿望が適い、京極家に仕官する事となり、一族だけを率い丹後の宮津へと高山を離れて行く際、頼茂は、家臣の主だった者十六名に秘伝の茶筌製作及び販売を許したのでした。
その後も毎年の禁裡仙洞両御所への納入は長く明治維新まで続いていました。

これら家臣十六名は苗字帯刀を許され、頭領の言いつけを固く守り、茶筌の仲間を集結して、一子相伝、継承者として性を名乗る男子以外には茶筌の製作を許す事はありませんでした。

● 伝統的工芸品としての高山茶筌

時は流れ、昭和に入っても伝承は固く守られていました。 しかし、戦時の終局近くになり、人不足の為この伝承は崩れ、秘伝とされて来た技術も一般に公開される様になりました。 終戦、戦後に至って高山へ数多くの新たな茶筌業者が参入し、地場の伝統産業として繁栄する時代を迎えたのでした。
そして高山茶筌は、先年五百年の歴史と技術が認められ、時の通産大臣より伝統的工芸品と指定され、今日に至るのでございます。

茶道は日本を代表する文化の一つであり、それを知る者のみが持つ、優しさ、思いやりの精神を信条に、高山茶筌は使う人の身になり、製作される綺麗で使い易く長持ちする伝統的工芸品でございます。
近年、外国産茶筌の販売はもとより、奈良高山産の自家製品と偽って外国製品を大々的に販売をする悪質な業者を多数見受けますが、見た目は同じでもおのずから製品が異なるのではないでしょうか?



● 茶筅ではなく茶筌の理由

『茶筅』も間違いではなく、一般的にはこの字の方が多く使われておりますが、この字『筅』は、『ささら』に通じ『ささら』とは単に竹を割って紐等で縛っただけの物、桶、樽等を洗う道具のことで、『茶筅』ですと、意味が物を洗う道具になってしまいます。
『茶筌』は物を洗うものではなく、お茶を点てる茶道具なのです。 『茶筌』は、お茶を点てる為にのみに作られた茶道具の一つで、美術品のように美しく仕上げられています。それ故、高山では古くからこの『茶筌』の字を用いております。皆様方もその理由をご理解いただき、この字をお使い頂ければ幸いにございます。

高山茶筌伝統工芸
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高山茶筌ができるまで

高山茶筌の種類は約120種類あり、それぞれ形、穂立ち、素材が異なります。
こちらでは、代表的な「八十本立」の茶筌を例にその工程をご紹介いたします。

茶筌工程片木

【1】片木−大割
表皮を剥いた原竹を大割包丁で半分に割ります。

茶筌工程片木

【2】片木(へぎ)
更に半分、半分と十六割まで大割包丁を入れ、穂先となる部分を作ります。

茶筌工程片木

【3】片木−頭入
一片ごとに包丁で皮肌と肉に分け、肉の部分を取り除きます。



茶筌工程片木

【4】小割−頭入(こわり)
次に十六割の一片ごと十分割に大小交互に包丁を入れます。

茶筌工程片木

【5】小割−割く
包丁を入れた後は、手で丁寧に裂いて行きます。

茶筌工程片木

【6】小割−割く
外側の太い部分が80本、内側と合わせ合計160本の穂先の原型を作ります。



茶筌工程片木

【7】味削−削り(あじけづり)
穂先部分を温湯で煮て、先に行くほど薄くなる様に慎重に削って行きます。

茶筌工程片木

【8】味削−削り
茶の味はこの味削りに依って変わると言われる茶筌作りで一番難しい工程です。

茶筌工程片木

【9】味削−しごき
丁度良い薄さに削れたら、内側に丸く反るようにしごきを入れ形を整えます。



茶筌工程片木

【10】面取>下編(めんとり>したあみ)
茶が附着しないよう太い穂の両角を一本づつ薄く削り、木綿糸で編んで行きます。

茶筌工程片木

【11】下編>上編
下編で開いた太い穂を更に二周編み根元を補強します。

茶筌工程片木

【12】腰並>仕立(こしならべ>したて)
内穂、外穂、根元の高さ間隔を調整し全体の形を整え高山茶筌の完成となります。


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